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仕事復帰のお誘い 2

もう一度外で働く。
あの頃の様に。
私は楽しかったあの頃を思い出した。

職場は都心。
ランチは大抵社員食堂であったが、メニューも豊富で美味しかった。
近くには大手デパートもあり、時々昼休みにデパ地下でケーキを買ってきてみんなで食べた。
また、仕事帰りにはおしゃれなレストランで食事をする事もあった。

大学を出て正社員として働いていた会社も居心地が良かったのだが、勤務地はとっても地味な場所だったので、私は週3日都心のOLになれるのが嬉しかった。
そういえば、最近都心に出ていないなぁ、、、

「仕事の内容は?」
夫の質問で我に返った。

そうだ。
私は遊びに行くのではない。
仕事に行くのだ。
しかも会社が求めているのは即戦力であろう。

仕事は前とほぼ同じ、とメールに書いてあった。
しかしずっと仕事を続けている彼女と違って私にとっての「前」は、もう20年以上も時間が経っているのである。

次男が中学の時にPTAの係りをした時、「あれ?何だか周りの若いお母さんに比べて仕事遅い?」と感じた。
それにコンピューターでのやり取りも、最初は要領が掴めなかった。
メールくらいならもちろん分かるのだが、写真の共有アプリ?何それ?

私は特に優秀ではないが、若い頃は正社員の時もアルバイトの時も決してお荷物では無かったと思う。
それなりに頑張って仕事をしてきた。

でも、今この状態で仕事復帰したらどうなるのか。
とても役に立てる自信は無い。
彼女の記憶の中の私は、そこそこ要領も良く呑み込みの早いキビキビ働く20年以上前の私なのだ。

「やっぱり無理、、、」
急にしょんぼりした私を見て夫も察したのだろう。
「う~ん、そうか、、、」とうなずいた。

彼女に「お役に立てなくてごめんなさい。」とメールをしたら「そんな、、、謝らないで。また、お会いしましょうね!」と優しい返事が返って来た。

私の仕事復帰は成らなかった。
そして、今更外で自分が出来る仕事など無い、と気が付いてかなりガックリした。

しかし落ち込んでいる場合ではない。
私には、次男の進路の見通しを立てて自立へ導く、という重大な仕事があるのだ。

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仕事復帰のお誘い 1

「お久しぶりです。また一緒に働きませんか?」
メールの差出人は、まだ子供が生まれる前に私がアルバイトをしていた会社の方であった。

年齢が近く、出身大学も似たようなレベルで学部は同じ、配偶者はサラリーマン、性格は地味、と共通点が多かった彼女とはすぐに仲良くなった。
私がアルバイトを始めて1年たった頃、彼女は妊娠して産休に入った。
彼女の親が近くに引っ越してくれることになり、会社を辞めずに済んだのだ。

やがて可愛らしいお嬢さんが誕生し、彼女は職場へと戻って来た。
それからしばらくして、今度は私が身籠った。
私がそれを伝えると、彼女はとても喜んでくれた。
しかし、産休など認められていないアルバイトの私は仕事を辞めた。

それからも彼女とはずっと年賀状のやり取りをしていたが、お互い引っ越しをして会えずにいて、再会したのは2年前であった。

彼女は管理職になっていた。
私と同じレベルの大学、お世辞にも難関とは言えない大学の出身ではあるが、正確な仕事ぶり、裏表の無い誠実な人柄、さりげないリーダーシップなどが評価されたのだろう。

彼女は決して自分から「管理職になった。」と言った訳では無い。
私が懐かしい人達のその後を尋ねているうち、「あれ?もしかして、、」と思って聞いたら、照れ臭そうに「そうなのよ。」と答えたのだ。

「わぁ~すご~い!おめでとう!」
私が遅ればせながら祝福すると、「ありがとう。でも親会社じゃなくて小さな関連会社だから、、」と謙遜した。
いやいや、それにしたって大したものだ。
色々なしがらみや学閥がありそうな親会社より、専門性の高い関連会社での評価の方が本物じゃないか?などと思った。

それに引き換え私は何の肩書も無い専業主婦。
しかし、不思議とそんな引け目を感じさせないのが彼女の魅力でもあった。

その時は人手不足の話など無かったのだが、ここにきて2人続けて辞めることになってアルバイトを探しているのだという。
下のお子さんも高校生になったでしょう?
今度は週4日働けないかしら?

彼女には次男の障碍は話していない。

夫に相談すると、「おっ、ちょうどいいじゃないか。次男を自立させるんだろう?」と妙に前向きであった。

2に続く。

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「自立の日」制定 2

「あなたは子供をガミガミ怒った事など無いでしょう?」
ママ友から時々言われる言葉だ。

長男が小さい頃は、普通に「ガミガミ」怒ることもあった。
小学校低学年の時にアスペルガーではないか?と義兄に指摘され検査をして、アスペルガーではないものの、発達に凹凸があると言われてからは、きつく叱ることは少なくなったと思う。

次男は幼稚園の時に発達遅滞、自閉症と言われたので、確かにひどく怒った記憶は無い。
何かをやらせて出来れば大いに誉め、出来ないときには「障碍があるんだもの。」と諦めていた。
穏やかで優しい母親に見えるだろうが、その穏やかさや優しさは「諦め」に起因しているのだ。

長男は私に似ず「諦めない」所があって、自分で進学先を決めて家を出ていった。
彼にとって、その選択は正しかったと思う。

次男は私にそっくり。
決して無理をしない、というか、諦めが早いというか、、、
出来ない部分はいつも私に頼り、私も喜んで彼の手助けをしていた。

このままで良いのだろうか。
いや、高校1年生にもなって親子べったりで良い訳がないのである。

私は宣言した。
「夏休みの間、週1日は自立の日にするよ。その日は朝起きてから夜寝るまで、自分の事は全部自分でするんだよ。」

「おおぉ~~」
叫び声を上げる夫と次男。
でも明らかに意味合いが違う。

夫は「やっと気が付いたか!」という感じ。
次男は興奮気味に「何言ってんの?そんなの無理に決まってんじゃん!」と抗議してきた。

私は落ち着いて言った。
「無理かどうかやってみなければ分からないでしょう?やり方が分からなければ教えてあげる。でも、何をすべきかは自分で考えるんだよ。」

次男:「全部って食事作ったり、洗濯したり、掃除したり?」
私:「そう。」
次男:「うわ~~~。そんな~~。」
私:「でも、洗濯は洗濯機がやってくれるし、掃除は自分の部屋だけでいいよ。食事だって最初は簡単なもので良いんだよ。」

夫も言った。
「そうだよ。お前も高校を出たらお兄ちゃんみたいに一人暮らしをするんだよ。その時困らないように、今から練習しておかないとな。」

え?次男が高校を出たら一人暮らしをするとは初耳だ。
でもいつかは次男にも自立してもらわなければならない。

私は明るく言った。
「そう!まだまだ時間はあるでしょう?だから大丈夫!」

次男も観念した様に「うん、分かったよ。やってみる。」と同意した。

親離れ、子離れ、そして自立への一歩をやっと踏み出せそうだ。

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「自立の日」制定 1

私は決心した。
夏休みの間、週1日は「自立の日」とする。

先週の塾の日。
普段は学校から帰ってくるとおやつを食べるが、塾のある日は早めに夕食を食べ塾に行く。
そして、塾から帰って来てお腹が空いているようだったら軽食を取るのだ。

夕食の準備がほぼ整い、おかずをテーブルに出した。
あとはお味噌汁の中に、お味噌を溶いて入れるだけである。
その時に電話がなった。

それは大事な電話で私が対応していると、次男が2階から下りてきておかずを食べ始めた。
私は電話をしながら、身振りで「お味噌を入れてよ。」と伝えた。
次男はそれを理解したのだろうが、「ええ?面倒くさい。」と行動を起こさなかった。
私が電話を終えると、不満そうに「早くお味噌汁作って。こんな時に電話なんて迷惑だね。」と言ってのけた。

なんですと?

私は思わず「お味噌くらい自分で入れなさいよ。」と言いそうになったが思いとどまった。
今叱るのは得策ではない。

「大事な電話だったのよ。」と事実だけを言い、お味噌汁を作った。
次男は「ふ~ん、そうだったの?」と気にする様子もなく、食事を済ませて塾に行った。

「お前は次男を甘やかしすぎなんだよ。」
いつも夫はそう言っていた。
私は改めて夫の言葉が正しい事、そして次男にとって、それが当たり前になっている事を自覚した。
まずは、私自身が意識を変えないといけない。
そう思った。

2に続く。

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夏休みの予定

「もうすぐ夏休みだよ!」
弾んだ声で次男が言った。
もうすぐ、といってもまだ2週間ちょっとあるのだが。
高校生になっても、「夏休み」という言葉には心踊る響きがあるのだろう。

「夏休みの予定は?」と聞いてみた。
「う~ん、まず部活でしょ。高校の部活は合宿があるんだよ!」
次男の所属する部活はゆるい文化部だが、一応合宿があるらしい。

「それとA君たちと、どこかにお出掛けするんだよね?」
A君たち、というのは支援級時代のお友達である。
私が「まだ日にちは決まっていないけれど、この前○○に行こうか?ってメールが来たよ。」と答えると、「楽しみだね!」と嬉しそうであった。

「旅行は行くの?」
これはまだ全くの白紙。
夫の休みはお盆の時期である。
その時期に旅行に行くのなら、もう予約をしないといけない。
でも夫は、「お盆は家でゆっくりしたいなぁ。長男が帰るのもその頃だろう?久しぶりの実家なんだからのんびりしたいだろう。」と消極的である。
長男は大学が忙しいらしく、帰れるのかどうかも分からない。

「そうだ、夏休みにオープンスクール行くって言っていたよね。」
何だか他人事である。
そうだよ、自分で調べて行ってね。

「あとは、、、」
次男は首を傾げた。
そしてちょっとため息をつきながら言った。
「塾の夏期講習かぁ、、」
次男は中学受験の時にお世話になった塾に、週1回のペースで通っている。
次男の特性を理解してくれている個別の塾である。
夏期講習は週2回に増えるが、内容的には基礎なのでそんなに負担は無いはずである。

「そんなところかなぁ。部活とお出掛けが楽しみだね。旅行にも行けたらいいんだけど。」
「そうだね。」と同意しつつ、私は内心「今年も誰かと遊ぶ約束はしないのか。誰からも誘われないのかな。」と少しがっかりした。

でも、本人が明るい表情で夏休みを心待ちにしているのだから、まあ良いのだろう。

最後に一言。
学校の宿題も忘れないでよね。

ご訪問ありがとうございました。


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様々な眼差し 3

次男が3年生まで通っていた小学校では、支援級の子供達は相当学年の普通級に交流学級を持っていた。
遠足や運動会などの大きな学校行事の時には、交流級で健常児たちと行動する。
その他給食を一緒に食べたり休み時間にも遊んだりしていた。
障碍を持つ子供達は常に健常児たちのそばにいて、昔の様にめったに姿を見せない存在ではなくなった。

その一方で事件と発達障碍との関係が取り沙汰されることもあり、発達障碍者に対する風当たりが強くなってきているようにも感じる。
一見普通に見えるのに普通じゃない。
これが発達障碍の難しさである。

もしかしたら次男の隣に座った女性も、最初から次男が障碍者だと分かっていればあんなに驚かなかったかもしれない。

身体を揺すり手をヒラヒラさせるのは、小さい時からの次男の癖である。
幼い頃はそれでも「あらご機嫌ね。可愛いわね。」と、むしろ褒められることもあったのに。
大きくなるに連れて、世間の眼は厳しくなっていくのだ。

次男はこれからもいろいろな眼差しを受けて生きていく。
かつて障碍児達の心を傷付けた私が言うのも変な話だが、冷たい視線に負けない強い心も持って欲しい。
障碍は不便ではあるが恥ではない。

今だから分かる。
あの子供達は、すれ違った私達に「おはよう。」と挨拶をしてくれたのだ。

もう二度と誰に対しても、冷ややかな眼で見たりはしない。
この世界に存在する事、そのすべてに意味があり素晴らしいものであるとやっと気が付いたから。

ご訪問ありがとうございました。


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アウイナイト

Author:アウイナイト
ユニークな子供達のおかげで、今まで見えなかった世界が見えてきました。
内気な私ですが、前向きに生きていきます。

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