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うちの次男:支援級 特別な笑顔

その教室は1階の日当たりの良い場所にあった。
次男の同級生は3人。
新しい仲間は、おとなしい自閉の女の子と活発でおしゃべりな男の子である。

支援級の子供たちは低学年のうちは親が送り迎えをすることが原則となっていたので、ちょっと早めに行けば様子を見ることができた。
全学年合わせても20人足らずの小さなクラスで次男も安心したのか、帰りの会で身体をゆらゆら揺らしながらも「今日はみんなで鬼ごっこをして楽しかったです!」と元気に発言する姿が見られてとてもうれしく思った。

また1年生には上級生のお世話係が付き、次男のお世話係の中で一番熱心だったのは2年生のダウン症の女の子だった。
3人きょうだいの末っ子だという彼女は、弟ができたようで嬉しかったのだろうか。
帰る方向が同じだったので一緒に帰ると、次男の手を繋いで楽しそうにおしゃべりしながら歩いた。

彼女のお母さんが言った。
「ごめんなさいね。何言っているかわからないでしょう?」
確かに言葉が不明瞭である。
どう答えていいやらとまどっていると彼女はその理由を教えてくれた。

ダウン症の子は筋力がとても弱く、あごや唇や舌を上手に動かせないらしい。
なのでどうしても明確な発音が出来ない、というのだ。
今ではそれを改善する(筋力をつける)トレーニング法もあるのでそれを受けている、とのことだった。

次男はニコニコしながら楽しそうに話を聞いている。
どれだけ聞き取れているのだろうか。
別に話の中身など彼にとっては関係ないのかもしれない。

「じゃあ、次男君、また明日ね!」
きっとそう言っているのだろう。
女の子は繋いでいた手をほどくと、とびっきりの明るい笑顔を次男に向けた。

初めてその笑顔を見たとき、正直私は驚いた。
ダウン症の人はあまり表情を変えない、と勝手に思い込んでいたからだ。

おそらく心から「大好き。」と思った人にしか向けられないであろうその笑顔を当たり前のように受け止め、「うん、○○ちゃん、また明日ね!」と元気よく返す次男。

とても優しい温かい気持ちに包まれるのを感じていた。

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うちの次男:対立

会社員の夫は、家の中や子供たちのことは私に任せてあまり口出しをしない。
長男の受験する学校、次男の幼稚園は私が目星を付けてきて、「ここにしようかと思うんだけど、、」「うん、いいんじゃない。」
そんな感じだ。

私は最初から、次男の入学先は特別支援学級だと決めていた。
この辺りでは、普通級は学区内の学校へ行くことが原則となっているが、支援級は越境が認められている。
療育の先生から、早めになるべく多くの学校を見学をするようアドバイスを受けていた。
いろいろと支援級の見学をしていることを夫に話すと、「ふーん」とあまり興味なさそうに答えた。

次男に合いそうな学校を2つに絞った時点で、私は初めて夫に学校名を告げた。
「えっ?どうしてそこなの?○○小じゃないの?」

学区内の小学校にも支援級はあるけれど、もっと次男と相性の良さそうな学級があるのよ、と説明すると、なんと「どうして支援級に行かせるの?」
今までの私の話は聞いていなかったのか。

さらに夫は続けた。
次男の会話力は相当上がってきているから、もう普通級でも大丈夫だろう?
支援級って昔の特殊学級でしょ?
次男はそんなところに行くような子じゃないだろう?

特殊学級
その言葉が私を○十年前の小学校時代へとタイプスリップさせた。
あの頃の特殊学級は、確かに重度の障碍児のためのクラスだった。
しかも隔離されているようなイメージだった。
まだ発達障碍児は存在せず(そのような概念はなかったので)、落ち着きのない子や字が読めない子でも、会話ができれば当然のように普通級に在籍したのである。

私は時代が変わったことを説明した。

そして改めて、次男に必要なのは
1、少人数の落ち着ける場所
2、次男に似たタイプの仲間
3、健常児とは明らかに違う次男の特性(音に過敏すぎる、手をヒラヒラさせるなどなど、)を否定せず受け入れてくれる環境
だと主張した。

中規模幼稚園で次男がうまくやっているように見えるのは、常に寄り添って下さる支援員さんがいるから、仲間がいるから、そして周りの人達が受け入れてくれるから、なのである。
もし何の支援もなく普通級に放り込んでしまったら、せっかく上昇気流に乗り始めた彼の様々な能力はたちまち失墜してしまうだろう。

夫は私の意見を聞いて「そうか、、分かった。でも、、、」とつぶやくように答えた。
「でも、、、」
その後にはどんな言葉が続くのか。

私は少し緊張してその続きを待ったが、夫は続けようとはしなかった。
私も聞かなかった。

こうして就学相談では「支援級希望」であることを話した。
次男と一緒に見学、さらに体験入学をしたうえで学校も決まった。

3月はお別れの季節。
お世話になった先生方、支援員の方々、そしてお友達との別れが待っていた。
園での仲間のご家庭は転勤でこの地に来ていたので、4月からは地元に戻りそこの支援級に通うという。
わずか1年ではあったが出会えたことに感謝しつつお別れした。

そして4月。
いよいよ次男の小学校生活が始まった。

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うちの次男:仲間

忙しいという字は心を亡くすと書く。
しかし適度の忙しさは、くよくよしたり不安になる心を忘れさせてくれる効果があるように思う。

転勤先から戻ってから小学校入学までの1年ちょっとの期間はとても忙しかった。
長男が急に中学受験をすることになったり、次男は福祉センターで1対1の療育を受けることになったり、幼稚園を探して入園させたり、、、
次男が「精神発達遅滞」「自閉症」であることに、いつまでもこだわっている暇はなかった。
とにかく前へ進まなければならなかったのだ。

幼稚園は、障碍児の受け入れをしている幼稚園を選んだ。
そこでは市から支援員が来てくれる。
健常児の保護者も混合教育に納得して入ってくるので、変な差別などは無かった。
そして私にも初めての障碍児ママ友が出来たのである。

相変わらず人形のような次男であったが、転園して数か月頃から変化が現れた。
言葉が飛躍的に伸び、表情も豊かになってきたのだ。
療育の先生も驚いて「今まで言葉のため込みの時期だったのでしょう。それがやっと外に出てきたのでしょうね。」と言った。

そのきっかけは何だったのか?

後から聞いて分かった事なのだが、次男は小さい時から「自分は周りの子供達とは違う」と感じていたらしい。
1番目に通っていた園では、みんなにとても大事にされてはいたが自分と同じタイプの子供には出会えなかった。
2番目の園では、数は少ないながらも彼は自分と同じタイプの子供と出会うことができた。
自分は独りぼっちではなく仲間がいたんだ!
その安心感が彼の心を開き、言葉と表情を外へと放出したのではないか。

もう一つの変化は、やっと自分の趣味(?)を見つけた事だ。
ある日、支援員さんから「園庭の花壇が好きみたいでずっとお花を見ているんですよ。」と教えられたのをきっかけに、本屋さんの図鑑コーナーへ行くと彼は目を輝かせた。
すごい速さで植物の名前を覚えると、園庭に咲いている花の名前を先生方、支援員さん、子供たちに教えるようになり、会話力向上にも役に立ったのではないかと思う。

そうこうしているうちに、小学校入学準備である就学相談が始まった。

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うちの次男:誓い

幼稚園の担任の先生から「話があります。」と言われて私が指定された日時に園長室に行くと、園長先生と担任の先生が待っていた。
「あちらに帰る前に、次男君のことでいくつかお伝えしておいた方が良いかと思いまして。」
園長先生は話を切り出した。

音に敏感な事。
つま先立ちで歩き、時折手をヒラヒラさせる奇妙な癖がある事。
集団での指導では、なかなか指示が通らない事。
しかし指示が理解できないわけではなく、もう一度1対1で伝えると問題なく出来るという。

「この子の能力を伸ばすためには、少人数の落ち着いた環境での教育が望ましいでしょう。」
それが園の先生方の意見であった。

「子供達も私達も可愛らしくて穏やかな次男君のことが大好きでしたよ。お別れするのは本当に寂しいです。」
最後にこう言ってくれた。

おとなしくて誰にでも従順で、他の子供たちは次男のお世話をしたがった。
別の角度から見たら、言葉が遅く、自分の意見を持たず、一人では周りについていくのが難しかった、といえよう。
そんな次男だったが、本当にみんなから愛されていたのである。

私は2年間お世話になった感謝の気持ちを込めてお礼を言い、園を後にした。

自宅に戻り長男の転校手続きやらを済ませると、私は次男を連れて、発達検査を受けるために市の福祉センターを訪れた。

結果が出て告げられたのは「精神発達遅滞」
小学校入学まであと1年ちょっとなので、すぐに療育を始めることを提案された。

私は確信を持って尋ねた。
「この子は自閉症ですか?」

その部屋にはおじさんとおばさんがいたのだが、おじさんの方が答えてくれた。
「はい。病院に行って診断を受ければそのような診断名が付きますね。」

その言葉を聞いて、やっと数々の点が繋がり一本の線になった、となぜか安堵に似た気持ちになったことを覚えている。
そして、切迫流産で安静にしていた時の祈りを思い出した。

「生まれてくる力があれば、どんな子でも受け入れて育てる。」
次男だけではない。
この地球上に誕生したすべての生命にはその力が備わっているのだと思う。

その時、あの祈りは誓いへと変わった。

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うちの次男:祈り

次男の妊娠が分かったのは長男が幼稚園の頃で、いろいろ忙しくしていた時期だった。
まあ無事生まれたわけだが、初期の2週間ほど切迫流産で安静にしていた時がある。

入院の必要はないと言われたので、必用最小限の家事が済むと家で休んでいた。
「この子は大丈夫なのだろうか?」と不安になると、なぜか亡くなった父のことを思い出していた。

誠実で親切で誰からも慕われていた父は、若くして不治の病に倒れた。
お見舞いに来てくださった父の友人たちは、病室では明るく振る舞うものの、外に出ると「どうしてあんな良い人が、、」「どうしてこんなことになってしまったのか、、」と言葉を詰まらせた。
「どうして?」
一番多くその疑問を持ったのは父自身であったろう。
そして父は自らその問いの答えを発見した。

私が病室で付き添っていたある日、静かに「人は死ぬときは死ぬんだよ。運命だな。」と言った。
「運命」
それが父の導き出した答えだったのである。

それから、病気が進んでも父は決して取り乱すことなく、立派に天国へ旅立っていった。

私は父に「この子を助けてください。」とは祈らなかった。
その代わり、どこの誰にかは知らないが、「もし、この子に生まれてくる力があればどうぞ私に任せてみてください。この子がどんな子でも受け入れて育てます。でも、そうではないのなら、、あきらめます。」と祈った。
この子の運命はこの子自身が決める。
そう感じたのだ。

危機は2週間ほどで去り、次男は元気に産声を上げた。

彼が生まれてからとにかくびっくりした事。
夜泣きをしない!!!

長男で散々鍛えられたので、「さあ、来い!」とばかり身構えていた私は拍子抜けした。

離乳食も慎重に進めたので湿疹も出来なかった。

何もかもが長男の時と比べてスムーズに進み、やがて夫の転勤先で幼稚園に入園した。

その頃からである。
私の心の中にモヤモヤとしたものが広がりだした。

夫に辞令が出て幼稚園を辞めることを告げると、担任の先生が「次男君のことでお話しがあります。」と言った。
私の中のモヤモヤは明確な形をとり始めたのであった。

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うちの次男:中学校生活

我が家の次男は中学3年生である。(2016年1月現在)
彼に付けられた診断名は「自閉症」
小学校3年生の時に知的障碍者手帳を取得しようとしたのだが、対象外です、と言われ手帳は持っていない。
このあたりのことは、おいおい書いていきたいと思う。

昨年の冬、近所の発達クリニックでWISC-Ⅳを受けた。
これは言語理解、知覚推理、ワーキングメモリー、処理速度の4つの指標から成り立っている。
次男はこのうち3つはIQ90台であった。
しかしあとの1つは60台。
これはどう考えても支援を必要とする数値である。

「これで手帳を取れますか?」と聞いたら、「WISCではなく田中ビネーで検査されるでしょう。WISCより検査値が高く出る可能性が高いので、WISC平均でこの数値なら、まず取れないでしょうね。」と言われた。
平均ではなく、困っている部分で支援を受けたいのに、、、

次男が通っている学校は、発達障害に理解を示してくれる私立中高一貫校である。
世間的に見れば低偏差値校かもしれないが、次男とは相性の良い学校だと思う。

小学校高学年の時、「もう学校には行かせなくていいや。」と思い、3週間ほどホームスクールをしたことがある。(この話もおいおい、、、)
現在、当然のように「いってらっしゃい。」と声を掛ける時、特に大きな心配もなく子供を学校へ送り出せることの幸せを感じている。
絶対的に良い学校と言うのは存在せず、子供に合った学校こそがその子にとっての「良い学校」だと思う。

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うちの長男:気付き

あれは久しぶりに長男が実家に帰り、家族4人で食事をしている時だった。
「僕は堅いんだよねぇ。」と言った長男に、「そうだよ!」「やっと気が付いたか!」と夫と私はすかさず突っ込みを入れた。

堅いことは悪いことではない。
「一本筋が通っている」「初心貫徹」などはほめ言葉であろう。

しかし、状況をよく見ようともせずただ自分の正義感を振りかざしたりする事は、周囲の人々を困惑させ時には反感を買う。
親元を離れた長男は、自分を取り囲む人々とはなるべくトラブルを起こさずうまく付き合っていかなければばらない、と悟ったのであろう。

「それで?少しは柔らかくなったの?」という問いには「そんなに簡単には変われないんだよね。」と苦笑いした。
それはそうだ。
でも気が付いたのは変化への第一歩である。

「人間は欲が深すぎる。」とも言った。
どの生物にも欲はあるが、人類ほど果てしない欲望を持った生き物は、地球の歴史を振り返ってみてもいないらしい。

人間の「生」に対する欲は、他の生物に比べて際立って深いといえよう。
もし、その欲が満たされ不老不死となったらみんな幸せになれるのだろうか。
それ以前の問題、戦争や貧困、差別などの問題が解決されない限り、幸せになれるとは思わないけれど。

自然を愛する長男は、欲の為に環境が汚染されたり、地形などが著しく変形させられたりする事に憤りを感じている。
もっと地球そのものを大事にしなければいけない、、らしい。

「人類はその欲によって栄え、その欲によって滅びるだろう。」

なんだか預言者のようだ。

とにかくいろいろ考えるようになったのは良い事なのだろうか。

まだまだ大学生活は続く。
いろいろな人と関わり合い、経験を通して柔軟性、社会性を付けていってほしい。
きっとそれは彼にとっては学業よりも難しい事だろう。
でも診断名がつかず、あくまで「普通の人」として生きていかなくてはならない彼にとっては必要な試練なのだ。

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うちの長男:夢

小さい頃の私の夢は、刑事になることであった。
ちょうど「太陽にほえろ」や「西部警察」「刑事コロンボ」などが流行っていた時期だ。
私はアクション派、父はコロンボのような頭脳派だった。
両親は夢を否定することなく楽しそうに話を聞いてくれた。

夫にも、ささやかなかわいい夢があった。
小学校の文集にそれを書こうとして義母に話したら、当時教育ママだった彼女に「だめよ、そんなの。○○って書きなさい。」と言われ、夫は自分の夢ではなく義母の夢を文集に書いたそうである。

大学進学にあたり長男が選んだ分野は、ロマンに満ち溢れた興味深いものであった。
ただし、、
あまり儲かりそうもない分野だ。

経済的にはあまり楽ではないかもよ?と一応忠告したが、そんなことで信念を曲げる長男ではない。

学部と学科が決まれば、あとはもう学校にお任せ状態。
学校側からも「ご家庭では、健康管理だけお願いします。」と言われた。

受験勉強をしている長男を見ながら、私は6年間の成長を感じていた。
中1の頃は、正負の簡単な計算ですらいい加減だったのに、もはや夫も私も解くことのできない数ⅢCの微分、積分の問題に黙々と取り組んでいる。
どうしても成績の上がらない文系科目も、センター試験に必要だから、と最後まで捨てることはなかった。

結果は、、、

国立、私立合わせて三校の合格を勝ち取ったのである。
長男はコンピューターの画面で自分の受験番号を見つけると、「よしっ!」と小さく叫んだ。
特に難関ではないかもしれない。
でも本当にうれしかったし、学校の先生方も祝福して下さった。

学習面でも生活面でも凸凹があって扱いにくい長男を、卒業までの6年間見守りご指導くださった先生方には感謝の気持ちでいっぱいである。

三つの学校のうちどこに行くか?
長男は迷わず一つを選んだ。

そしてそこを選んだということは、自宅を離れて一人暮らしをすることを意味していた。

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うちの長男:シェルター

我が家の子供たちは若く見える。
現在大学生の長男は高校生に、中学生の次男は小学生にしか見えない。
なのに、夫と私はしっかり50代に見えるのがちょっと悲しい。

中学に入った頃の長男はまだあどけなかった。
そのまま可愛らしさを前面に出せば、「ゆるキャラ」のような存在になれただろうに。
中身は幼い部分もあるが、変に頑固で融通の利かないところがあった。

1学期の半ばあたりから、クラスメートに対する不満を口に出すようになった。
決して荒れた学校ではないが、男子中学生などやんちゃなものである。
授業中の些細な私語、廊下を走る、ごみをきちんと分別して捨てない、などなど。
驚いたことに、面と向かって注意もしていたようだ。

長男の成績は深い深海から徐々に浮上を始めたとはいえ、まだまだ水面下であった。
体格も成績も劣る長男に、尤もらしいお説教を受けた相手はさぞかしびっくりしたであろう。
「何を偉そうに。」ということで、トラブルを引き起こした。
家でも学校での不愉快なことを思い出して、壁を叩いたりすることが多くなった。

小学校低学年の時に通っていた教育相談室を思い出して電話を掛けたが、通学時間を考えると通う時間がない。
どうやらそこは、小学生か地元の中学生を主に対象にしているらしい。

担任は長男の特性を理解して何かとかばってくれた。
しかし立場上、特別扱いは許されない。

長男を救ってくれた場所、そこはスクールカウンセリングルームであった。
私がカウンセラーに手紙を書くと、「いつでも力になります。ここが開いていない日は保健室に行けるように話をしておきます。」との返事が来た。
トラブルが起きた時や気持ちが不安定になった時、長男は箱庭を作ったり、カウンセラーとお話をしたり、ここへ駆け込む他の生徒たちとゲームをしたりして気持ちを落ち着かせていった。

長男に6年間の中高一貫校を選んだのは正解だった。
こんな調子では、とても高校受験など出来なかったと思う。

そのまま内部進学で高校に上がると、さすがにお互い認めたのか、諦めたのかは知らないが大人になったのだろう。
トラブルは徐々に減っていった。

そして高校2年生の秋の文化祭が終わると、本格的に大学へ向けての準備が始まった。

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うちの長男:挫折

私は学校から郵送されてきた一枚の紙を凝視していた。
それは、長男の1学期中間テストの結果を知らせる通知であった。
「そんなはずはない。3位以内に入っている、、、」

のんびり帰ってきた長男を呼び、早速その紙を見せた。
彼は観念した様に首をうなだれた。

彼の順位は上から3位以内ではなく、下から数えて3位以内だったのだ。

中学に入ってからの長男はフワフワしていた。
きっと試験もフワフワとしたまま受けたに違いない。

しかし、彼がそうなった原因は私にあった。

みんなが真剣に受験勉強をしている時、私は転校してすぐに受験モードにさせられた彼にプレッシャーを与えぬよう「まあ、勉強はほどほどに。」「無理して身体壊さないようにね。」と声を掛け続けた。
そして彼は何となく勉強をして、何となく合格して、何となく学校へと通っていたのだ。
これからの人生、このまま「何となく」で済まされるはずはない。

彼が帰宅するまでの間作戦を練っていた私は、「将来何になりたい?」と聞いた。
てっきり叱られると思っていた長男は、意外そうな顔をしながらも「うん、そうだなぁ~」と考えながらいくつかの職業を答えた。
予想通りだ。
小さい時から常に自分のテーマともいえる関心事を持っていた彼は、将来の夢については割と鮮明なビジョンを描いていたのである。

次に、それを実現するためにはどうしたらよいか聞いてみた。
「中学出て、高校行って、高校出て、えーっと大学?また受験?」

そう、長男の通う学校は付属ではないので、大学に行くためには受験しなければならない。

私は学歴至上主義者ではない。
今のところ次男(現在中学生)を大学へ進学させる予定はない。
なぜなら、次男の将来の夢をかなえるのに大学へ進む必要がないからだ。

しかし長男がかなえたい夢とは、大学で専門分野を学び、更には大学院への進学も視野に入れなければいけないものだった。
そこで義務教育である中学の受験と、大学の受験とは全く別物であることを話した。
すると、少しは事の重大さに気が付いたように「じゃあ、大学は真剣に勉強しないと入れないんだね?」と驚いた。
こんなことで驚くなんて、こっちがびっくりである。

とりあえず、全教科50点満点か?と勘違いするような成績のうち、1教科に絞って徹底的に見直すことにした。
彼が選んだ教科は数学であった。

話が付いたところで少しホッとした私であったが、長男の顔はまだ曇っていた。
聞くと、どうやら数人のクラスメートに成績のことでからかわれたらしい。

テストの順位は学校から郵送されてきたので、他の子には知られないはずだ。
しかしテスト自体は授業中に返されてくる。(これまで親には見せなかったけれど)
休み時間、隣の席の子に「あ~全然だめだった。君はどうだった?見せて。」と言われて素直に見せたら、その子は大笑いし、それを聞いて集まった他の子たちにもバカにされたという。

「よし!数学だけでも頑張って今度は笑われないようにしよう!」となぐさめるしかなかった。

それから、しばらく数学の特訓が続いた。
私は難関大学の出身ではないが、理系学部なので中学の数学は教えることができた。

面倒見の良い学校だけあって、中間テストの前に何回か単元ごとの小テストが行われていた。(当然親は知らず)
範囲の狭い基礎問題なのに、その点数すら情けないものだったのである。
とこでつまづき、どこがあやふやなのか。
一つ一つ確認していった。

そして中間テストが終わってから最初の小テスト。
長男が得意気に出したその答案には、それまで見たこともない高得点が輝いていた。
「やったね!」という私の歓声と、点数の横に添えられていた驚きと称賛に満ちた数学教師の温かいコメントは、やっと彼にやる気を与えたのであった。

これでクラスメートのからかいも無くなり万事うまくいった、、、わけではなかった。

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プロフィール

アウイナイト

Author:アウイナイト
ユニークな子供達のおかげで、今まで見えなかった世界が見えてきました。
内気な私ですが、前向きに生きていきます。

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