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広がった世界

私はいつでも真ん中の人間であった。
育った家庭は中流で、真面目で勤勉な両親のもとに育ち、苦労した記憶も無いが贅沢した記憶も無い。
出身学校も就職先も世間的に見れば普通、といったところ。

普通じゃなかったのは父親が予想外に早く亡くなってしまった事か。
普通の会社に勤める会社員と私が結婚する時に、いとこ達が言った言葉を今でも覚えている。

「おじさまが早くに亡くなって心配したけれど、もう安泰だね。」
「生まれてくる子供も素直で手のかからない良い子だろうね。」
「おばさまも安心ね。ホッとされたでしょう。」
いとこ達も普通の社会人である。

いとこ達には、あまり大きな波乱が無く平凡ながら幸せな私の未来が見えていたのだろう。
しかし普通じゃない子供を持ったが為に、様々な予想外の出来事に直面する事となり、それは今も続行中である。

人は旅先でいつもとは違う風景やその土地独特の風習に出会う時、「こんな世界もあったのか!」と視野を広くする。
人生も同じだと思う。

おそらく自分の子供が障碍者でなかったら、決して自分から開ける事は無かったであろう扉。
その扉の先には、今まで私が歩んできた世界とは違った世界があった。
それを教えてくれた次男には感謝しよう。

ご訪問ありがとうございました。


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仕事復帰のお誘い 2

もう一度外で働く。
あの頃の様に。
私は楽しかったあの頃を思い出した。

職場は都心。
ランチは大抵社員食堂であったが、メニューも豊富で美味しかった。
近くには大手デパートもあり、時々昼休みにデパ地下でケーキを買ってきてみんなで食べた。
また、仕事帰りにはおしゃれなレストランで食事をする事もあった。

大学を出て正社員として働いていた会社も居心地が良かったのだが、勤務地はとっても地味な場所だったので、私は週3日都心のOLになれるのが嬉しかった。
そういえば、最近都心に出ていないなぁ、、、

「仕事の内容は?」
夫の質問で我に返った。

そうだ。
私は遊びに行くのではない。
仕事に行くのだ。
しかも会社が求めているのは即戦力であろう。

仕事は前とほぼ同じ、とメールに書いてあった。
しかしずっと仕事を続けている彼女と違って私にとっての「前」は、もう20年以上も時間が経っているのである。

次男が中学の時にPTAの係りをした時、「あれ?何だか周りの若いお母さんに比べて仕事遅い?」と感じた。
それにコンピューターでのやり取りも、最初は要領が掴めなかった。
メールくらいならもちろん分かるのだが、写真の共有アプリ?何それ?

私は特に優秀ではないが、若い頃は正社員の時もアルバイトの時も決してお荷物では無かったと思う。
それなりに頑張って仕事をしてきた。

でも、今この状態で仕事復帰したらどうなるのか。
とても役に立てる自信は無い。
彼女の記憶の中の私は、そこそこ要領も良く呑み込みの早いキビキビ働く20年以上前の私なのだ。

「やっぱり無理、、、」
急にしょんぼりした私を見て夫も察したのだろう。
「う~ん、そうか、、、」とうなずいた。

彼女に「お役に立てなくてごめんなさい。」とメールをしたら「そんな、、、謝らないで。また、お会いしましょうね!」と優しい返事が返って来た。

私の仕事復帰は成らなかった。
そして、今更外で自分が出来る仕事など無い、と気が付いてかなりガックリした。

しかし落ち込んでいる場合ではない。
私には、次男の進路の見通しを立てて自立へ導く、という重大な仕事があるのだ。

ご訪問ありがとうございました。


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仕事復帰のお誘い 1

「お久しぶりです。また一緒に働きませんか?」
メールの差出人は、まだ子供が生まれる前に私がアルバイトをしていた会社の方であった。

年齢が近く、出身大学も似たようなレベルで学部は同じ、配偶者はサラリーマン、性格は地味、と共通点が多かった彼女とはすぐに仲良くなった。
私がアルバイトを始めて1年たった頃、彼女は妊娠して産休に入った。
彼女の親が近くに引っ越してくれることになり、会社を辞めずに済んだのだ。

やがて可愛らしいお嬢さんが誕生し、彼女は職場へと戻って来た。
それからしばらくして、今度は私が身籠った。
私がそれを伝えると、彼女はとても喜んでくれた。
しかし、産休など認められていないアルバイトの私は仕事を辞めた。

それからも彼女とはずっと年賀状のやり取りをしていたが、お互い引っ越しをして会えずにいて、再会したのは2年前であった。

彼女は管理職になっていた。
私と同じレベルの大学、お世辞にも難関とは言えない大学の出身ではあるが、正確な仕事ぶり、裏表の無い誠実な人柄、さりげないリーダーシップなどが評価されたのだろう。

彼女は決して自分から「管理職になった。」と言った訳では無い。
私が懐かしい人達のその後を尋ねているうち、「あれ?もしかして、、」と思って聞いたら、照れ臭そうに「そうなのよ。」と答えたのだ。

「わぁ~すご~い!おめでとう!」
私が遅ればせながら祝福すると、「ありがとう。でも親会社じゃなくて小さな関連会社だから、、」と謙遜した。
いやいや、それにしたって大したものだ。
色々なしがらみや学閥がありそうな親会社より、専門性の高い関連会社での評価の方が本物じゃないか?などと思った。

それに引き換え私は何の肩書も無い専業主婦。
しかし、不思議とそんな引け目を感じさせないのが彼女の魅力でもあった。

その時は人手不足の話など無かったのだが、ここにきて2人続けて辞めることになってアルバイトを探しているのだという。
下のお子さんも高校生になったでしょう?
今度は週4日働けないかしら?

彼女には次男の障碍は話していない。

夫に相談すると、「おっ、ちょうどいいじゃないか。次男を自立させるんだろう?」と妙に前向きであった。

2に続く。

ご訪問ありがとうございました。


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見栄っ張りな私

買い物に行ったら、長男の幼稚園時代のママ友に出会った。
本当に久しぶりである。

お互い近況報告などしているうちに、「そういえば次男君は?」と聞かれたので、「うん、高校1年になったよ。」と言うと、「うあぁ、大きくなったねぇ。」と驚いていた。

友人:「高校は付属?」
私:「違うよ。」
友人:「じゃあ、今度は大学受験だね。」

日本の大学進学率は50%を越えたそうだが、長男関係の子供達の大学進学率は100%である。
長男を含め特に難関大学に行くわけでは無いのだが、とにかく4年制大学に進学している。

友人は次男の障碍については何も知らない。
だから、当然次男も大学に行くであろう事に何の疑問も感じないのだ。

私は言葉に詰まりながらも、「う~~ん、まだのんびりしていて、分かんないわよ。」と答えた。
友人の子供は女の子1人。
「男の子は最後に本気出すっていうじゃない?まぁ、将来が楽しみだね。今度、ゆっくりランチでもしようね。」と言い、去っていった。

次男の通う高校では全員が大学に進むわけではない。
進路は4年制大学、短大、専門学校、就職に分かれている。

長男と違って特に好きなものが無い次男は、将来についてもまだ全く明確なビジョンを持っていない。
4年制大学に行く事だけはないだろう、と思っていたのだが、こんなことがあると「もしかして行ける大学があるだろうか。」などと考えてしまう。

すっぱり、無理!と諦められたらまだ良い。
大学事情も変化して様々な入学試験の形式があり、入れる大学もありそうなので悩んでしまう。

でも。
結局私は、将来知人に「次男君は?」と聞かれた時に「うん、大学生になったよ。」と言いたいだけなのだろう。
見栄と言うものは厄介である。

ご訪問ありがとうございました。


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自己紹介

さて、ご挨拶の後は自己紹介をしようと思う。

私は50代半ばの専業主婦。
夫は会社員である。
両親は既に他界し1人っ子なので、寂しいといえば寂しいが、これも運命であろう。

私に好意的な人は、「誠実で真面目」「控えめで温厚」などと見てくださっているかな?
ネガティブな印象としては、「堅そうで近寄りがたい」「地味で面白くなさそう」といったところだろうか。

友人は少ないが、ランチなどで心から楽しいと思える時間を共有できるお友達が数人いるので満足している。
ランチを終えて別れるときの「じゃあ、またね。次は○○頃にね!」という言葉に、早くも新たな楽しみを見つけてウキウキするのである。

こんな私の子供たちはとてもユニーク。
大学生の長男は診断はつかないもののアスペルガーの要素を持ち、中学生の次男は自閉症である。
この二人の子供たちによって、私の人生は思いもかけずドラマチックになったのであった。





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プロフィール

アウイナイト

Author:アウイナイト
ユニークな子供達のおかげで、今まで見えなかった世界が見えてきました。
内気な私ですが、前向きに生きていきます。

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